引退馬問題の背景
強い馬を追い求める競馬には、レース観戦という娯楽と、ギャンブルの2つの側面があります。競馬は公営競技という枠内で施行されている純然たるギャンブルですが、同時に歴史ある娯楽でもある。競走馬であるサラブレッドは単なるギャンブルの駒ではなく、ファンが付くことから、昨今では競馬引退後の行方が取り沙汰されることが多くなっています。
かつては競走馬の引退後の「行方は聞かない」とされていました。引退した馬の多くは最終的には畜産動物としての活用(屠畜)が多いために触れたくない人が多かったし、触れないのも一つのあり方でした。
しかし近年では、引退馬支援活動の影響やSNSでの「〇〇牧場でXXに会ってきた」といった報告がなされるようになり、「名前が出ない馬の行方」に目が向くようになってきました。「経済動物」として割り切ることができない状況になっています。
現実問題として「引退した馬をすべて生かす」ことは難しい。引退後の馬を活かす道が少ない上に、馬の寿命は25年ほどと哺乳類の中でも長生きします。最期まで面倒を見たいのなら、おのずと上限があります。
引退馬の屠畜数が減らず屠殺される馬が減らないことを「厳しい状況」と表する記事も見受けられますが、そもそも屠畜を前提とした枠組みで動いている競馬産業で、「厳しくならない」わけがない。この手の表現には、ある種の欺瞞が隠れています。構造を変えなければ屠殺数を減らすことはできないのに、今のやりかたの延長でなんとかできると誤認させる可能性がある。
「殺処分」とよばれる「馬の屠殺」を減らしたいならば、サラブレッドの生産頭数を減らすしかない。現在の構造で開催される競馬を否定するしかありません。
「殺処分」がいやなら生産頭数を減らそうとしない競馬産業に反対すればよいし、競馬を見るのが好きで続いて欲しいなら、「殺処分」に折り合いをつける必要があります。
本来、こういった視点はマスコミやジャーナリスト、競馬界隈で食べているライターといった人々が論じるべきことなのに、それが皆無と言っていい。かわいそう論、なんとか減らすべき論ばかり。減らす努力はいいけれど、実現できないことを前提としたあり方が論じられないのは、「犬猫の殺処分0」を批判できないのと同じような構図が横たわっているように見えます。
中には福祉の観点から「できることはやるべき」といった視点の記事はあるものの、本当に少ない。
これらの問題を指摘するために、UMASでは開設当初より動物福祉の観点から、婉曲に批判してきました。不愉快に思う人もたくさんいて、嫌なメールやコメントを受け取りつつも書き続けてきました。そうした記事がある程度たまったので、まとめておきます。
引退馬について考えるための一つの見方として、あなたの念頭においてもらえれば幸いです。
引退競走馬の支援方法・団体・活動
競馬から引退した馬たちのその後を支援する活動について。
『引退馬支援』代表的な団体と支援方法引退馬支援Q&A 支援する意義と必要とされる背景『ふるさと納税』でできる引退馬支援・馬産地支援元競走馬だけが出場する『引退競走馬杯』を知ってますか?JRAの行う引退馬競走馬支援 現段階でこういうことをしている
競走馬の「処分」の考え方・視点
馬は畜産動物であり、愛される動物でもあります。このサイトを作った頃は「馬は全部救うべき」という人が多くいました。しかし今では「人間を信頼して調教された馬」あるいは「競馬で走ってファンが付いた馬」に絞られてきています。
競走馬残酷物語競馬は残酷なのか 残酷とは何かを考えることから始める馬の屠畜・肥育・家畜商 松林要樹『馬喰』より(馬肉の話が嫌な人は読まないほうが)馬の福祉についてこだわる理由 余計なことを書くデメリットは分かってはいるが…ガルフストリームパーク競馬場の寄付金集めを参考にすると、こういう結論になる馬の屠畜を「殺処分」と表現するのは避けたほうがいいのかもしれない「行き先のない馬」という表現に潜む欺瞞経済動物としての馬 ばんえい競馬と輓馬生産誰が引退後の競走馬の責任を持つのか 「処分」はいけないことなのか
引退後の競走馬の行方
競走馬の抹消事由 引退馬の行き先をグラフ化 1位は乗馬の2,702頭「引退競走馬の9割が殺処分」は本当か?インパクト狙いの根拠が薄い数字検証〔5chまとめ〕引退競走馬の行方と動物の福祉 感情論は横において考える馬産地で90年代バブル崩壊後に起きたこと、馬の過剰生産と淘汰
動物の福祉と競走馬
日本での競馬は、屠畜を前提として成立しています。馬肉を食べることに禁忌があって屠畜ができなければ、満足に餌を与えられなかったり、捨てられる馬が生じます。馬肉を食べない国では馬肉や馬そのものを輸出して、他の国に押し付けています。アメリカでは食肉のための馬の屠殺が禁じられていますが、メキシコ・カナダに輸出しており、長距離輸送やメキシコでの馬の扱いが酷いとして問題視されています。生体輸出される馬の中には、1万頭以上の元競走馬がいると推計されています。またオーストラリアでは、2019年10月に4割ほどの引退競走馬が屠畜処理されていたことが暴露され、批判にさらされました。
馬肉への禁忌があるのはおおむね英語圏です。海外では引退競走馬は保護されるという人は、それ以外の国には触れません。英語圏でも、不要な馬は輸出という形で「処理」されています。オーストラリアは、日本以上の馬肉生産大国です(引退競走馬の分は今後減るかもしれないが、それ以外の馬は保護対象ではない)。このサイトで記事を書くまでは、引退馬を大切にする国として、オーストラリアやアメリカを持ち出す人が多かったことも指摘しておきます。引退競走馬に限っては保護される方向にありますが、それ以外は埒外となっています。
食べ物でないのは競走馬だけなのか、すべての馬は生かされるべきなのか。ここも分けて考える必要があります。
馬を殺すなという立場であれば、競馬反対することになるでしょう。
しかし持続可能な競馬のためには、屠殺そのものを否定するのではなく、苦痛の少ない馬の生という観点もありえます。減産をしたくない競馬関係者の選択肢はこれしかないでしょう。なのにそこには触れず、せいぜいがSNSでつぶやく程度です。
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動物愛護とは異なる動物福祉
動物愛護、動物福祉、動物の権利。どれも動物保護を目的としているのだから、動物擁護団体といった枠組みで同じものと考えていいんじゃないかという人がいます。しかし福祉と権利は地続きではありますが、「動物愛護」は別ものとしか言えないというのが筆者の実感です。日本の動物愛護は「犬猫愛護」であって、日本の歴史からも遊離した独自のものと考えて、福祉・権利との違いから説明しないと誤解しか生まれないでしょう。
動物愛護関係の情報はすべて疑ったほうがいいレベルで、歪曲された情報が流通しています。引退競走馬の扱いの海外情報も、意図的に触れられぬ事実がたくさんあります。アメリカでは保護活動が活発などと喧伝しながら、米国内で屠畜できないために引退した競走馬が輸出されていることには触れられません。
少し調べればわかる事実なのに、それは伏せる。おそらく受けを良くしたいという、広い意味での商売的な理由によるものです。正しい情報を伝え、よりましな世論を喚起するといったジャーナリズム的な発想など期待せず、すべての情報の裏を取ることをおすすめします。
もちろん、このサイトに記載していることも疑ってかかってください。
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競馬ファンは屠殺・殺処分をどう考えているのか
競馬をしない人の中には、動物をギャンブルの駒にしていると思う人もいます。娯楽のために用いている点で間違いではありませんが、そればっかりというわけでもない。レースで目にしていた馬には愛着を持つのも人情。
その上で経済動物として考える人と、助けろという人、ここまではやれよ!など、さまざまな見方があります。
サラブレッド「生産」の時点では明らかに経済動物です。売れる見込みがなければ絶対生産されません。馬は商売として生産されている経済動物であり、「競馬に使えなくなった時点で経済性が激減」する存在です。時間が経つと経済性がなくなるという点では犬猫でも変わりません。品種によっても「価格」は変わる。子どもなら高く売れるけれど、大人の犬猫は売れずに(安い)譲渡となる。経済性がなくなった状態です。
そこを踏まえている人とそうでない人では、当然ながら温度差が生じます。
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