馬の熱中症

ダレた馬

人間は汗をかくことで体温を下げることができます。激しい運動をした時や夏の暑い盛りに汗をダラダラかくことで、水分の気化熱により結果として体温を下げています。人間が長時間の運動に耐えたり、暑い環境にも対応できるのは汗をかける能力のおかげ。

汗をかくことは人間にとって当たり前のことですが、体温を下げられるほどの汗をかく動物は希と言われています。

汗腺がある哺乳類は多いのですが、汗腺の数が少なかったり局所的にしか存在しないため、体温調節できるほどの汗を出せません。

体温を下げない汗は、足の裏を湿らせて滑りを防いだり、自らの臭いを残すといった役割を果たしています。

体温調節のために汗をかく動物は非常に少なく、人間同様に汗をかくことで体温を下げることができるのは馬くらいのものと言われています。

しかし馬の汗は人間のものと少し違うところもあります。人間はじっとしていても気温が上がればダラダラ汗をかきますが、馬が汗を流すのは主に運動したときです。

馬は汗をかいて体温を下げることができますが、高い気温に対して汗をかく能力は発達していません。これが馬は夏には弱いと考えられている理由で、「夏負け」する馬は珍しくありません。

暑い季節に夏負けすることがある一方、体重が落ちるために競馬ではタイムが伸びるというケースもあるようです。

馬の熱中症が発症しやすい時期

馬も人間同様に熱中症にかかることがあり、競走馬の熱中症が多かった2010年には年間で47頭、2011年には45頭発症しています。馬の熱中症は4月・5月から発症がはじまり、6月・7月ごろにピークになります。

人もそうなんですけど、暑くなりかけの時が一番なりやすいんだと言われていますね。暑さに慣れていないので、急に暑くなると発症しやすいんだと思います。場所別に見ていくと、涼しいイメージのある函館でも案外あるんです。あとは、新潟ですとか、9月の中山阪神開催も多いですね。東西のトレーニングセンターでも、調教中に暑くなって倒れてしまったりする馬もいるんです。

 

弱いでしょうし、目一杯走って体温が上がっているというのもありますよね。運動中の血液温度を測る実験があるんですけど、冬場に全力疾走しても41度くらいまでしか上がらないんですね。でも、夏場では43度を超えてきます(安静時の体温は37~38度)。恐らく、筋肉はもっと高いと思いますね。

『馬も熱中症になるの!?“夏”にまつわる疑問特集』 – netkeiba.com

「発症のピークが夏真っ盛りの8月ではない」ということは、馬の熱中症の原因は気温の高さではなく、気温変化への順応の問題と考えられます。

暑さに弱いながらも気候への適応力は意外と高く、暑い地域へ移動しても2週間~3週間あれば順化できるようです。

Managing horses during hot weather : Horse : University of Minnesota Extension

気温と湿度と冷却効率

気化熱を利用して体温を下げる汗は、乾きやすいかそうでないかで熱を奪う早さが変わります。つまり湿度の影響を受けます。

前述の米ミネソタ大学のページには、気温 + 湿度 の条件ごとの馬の冷却効率の表が掲載されています。

Air temperature (°F) + Relative humidity (%)Horse cooling efficiency
Less than 130Most effective
130-150Decreased
Greater than 150Greatly reduced
Greater than 180Condition could be fatal if horse is stressed

馬の体温はおよそ華氏100度。華氏100度は人間が熱を出して動けないと感じる37.8℃にあたります。気温と湿度の和が150(30℃なら湿度64%)を超えたら、馬に乗るのを避けることが推奨されています。

 

オリジナルの華氏では分かりにくいので、摂氏に換算して日本語化してみます。気温を変動させるとややこしくなるため、気温は摂氏30℃(86.0°F)で固定します。相対湿度は天気予報などで一般的に用いられる湿度のことです(絶対湿度ではないということ)。

相対湿度(%)馬の冷却効率
44%未満もっとも効率がいい
44~64%効率低下
64%以上大幅な効率低下
94%以上この時馬にストレスがかかると危険な状態に陥る

摂氏1℃は華氏1.8°Fにあたります。つまり、気温が1℃上がるごとに上の%から1.8減らせば摂氏と対応させることができます。たとえば33℃だと(33-30)x1.8=5.4%減るため、湿度が38.6%以上から効率が下がり始めることになります。

睡眠馬寝る馬気温と湿度と馬の冷却効率 馬の熱中症予防指標

 

馬の熱中症の症状

馬に限らず、熱中症は体温調節が正常にできなくなって発症します。

馬が熱中症に掛かると、落ち着きがなくなる、無気力になる、心拍数が増加する、息が荒くなる、汗が増加、口と舌が赤くなる、体温の上昇などの症状として現れます。

馬の熱中症対策

馬の熱中症対策は人間と変わりませんが、人間よりも多くの電解質が必要になります。

  • 涼しい時間に調教する
  • 厩舎にミストや扇風機を置く
  • 運動後 クールダウンをしっかり行なう
  • 水と電解質をしっかり与える
  • 獣医さんに補液をしてもらう

暑さ対策 – 馬の獣医 Kawata Equine Practice

競走馬がレース後に熱中症の症状を呈した時は、すぐさま水をかけて体温を下げてやります。

立ち上がらせたあとに股間に水をかけているのは効率的に冷やすため。

 

熱中症を予防するマッサージもあるようです。

馬の脱水症状の確認方法

熱中症 ≒ 脱水症状は、馬の首の根本をつまんで皮膚のもどりの早さを見る「ピンチテスト」という方法で判定できます。つまんだところがすぐ(5秒以内)に戻れば正常、なかなか戻らなければ脱水症状が疑われます。

熱中症・日射病・熱射病の違い

熱中症:日射病と熱射病の総称
日射病:戸外で強い直射日光にさらされておこる症状
熱射病:暑いところに長時間いたためにおこる症状

西東京市

※厳密には日射病は汗をかけない、または汗をかいても体温調節ができないといった原因で起きるのに対し、熱中症は汗をかきすぎて水分や電解質のバランスが崩れた状態と説明されますが、発症の条件面から考えれば上記のような説明が分かりやすいかと思います

 

競走成績が夏に上がる牝馬は暑さに強いのか

夏競馬では牝馬の成績が上がることは周知のとおり。ならば牝馬は暑さに強いのか?

この答えは、JRAが行った競走馬の性差による熱中症発症率の調査で明らかにされています。

 2005年から2014年において平地競走出走後に熱射病または日射病(=熱中症)と診断されたウマを症例馬とし、同時期に出走して熱中症を発症しなかったウマを対照馬としました。

平地競走における熱中症発症率の性差を調べると、牡およびセン馬は0.03%の発症率であったのに対し、牝馬は0.06%であり、統計学的に牝馬の方が有意に熱中症を発症しやすいことが明らかとなりました

牝馬は暑さに強いのか? – JRA 競走馬総合研究所

牝馬が熱中症に罹る率は牡馬・騙馬の倍。牝馬は暑さに弱いようです。夏競馬では牡馬・騙馬よりも牝馬の方が成績が上がるのは牝馬が暑さに強いからではなく、夏場の体重の減少や運動能力そのものの変化によるものなのでしょう。

 

真夏の東京オリンピックへの懸念

東京オリンピックは2020年7月24日から8月9日まで開催されます。会場は世田谷の「馬事公苑」とお台場の「海の森公園」

どちらも周辺には木々が多く植えられ、暑さ対策にミストシャワーを設置するとは思いますが、それでも気温が30℃になったらきついでしょう。

特に総合馬術のクロスカントリーでは6km近い距離を障害をこなしながら10分ほどで走るため、湿度が高いと馬には高リスクな環境となります。暑いなかを平均時速 30kmで走るため、馬の体調が懸念されています。

FEI会長は熱中症対策として、馬術競技のいくつかは夜間開催も検討するとしています。

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