馬の汗 - 発汗で体温調節ができる稀有な性質

競馬場では汗をかいて白い泡が立っている競走馬を目にします。

馬は人間と同じく、汗をかくことで体温を下げる能力があります。馬の汗も人間の汗と同じく、体の表面に出た水分が蒸発する時に熱を奪う「気化熱」によって体の表面温度が下がるという仕組み。

馬は汗をかく能力が高く、人間に比べて倍の汗を出すことができます。

汗をかいた馬の馬具や関節の周りに白い泡が立っているのは、馬の汗に石けんと似た働きをする成分が含まれているため。

馬の汗には界面活性成分であるラセリンが含まれており、汗は水を弾きやすい体毛にも邪魔されることなく表面にまで達します。汗をかいた馬の擦れたところが白く泡立って見えるのは、ラセリンの石けんのような働きによるものです。

気化熱を利用する「汗」は効率のいい冷却システムですが、人間や馬のように体温調節ができるほどの汗をかける動物は意外と少ないようです。「汗」をかく動物は多々みられるものの、体温を下げるほどの効果がなさそうなケースが多いのです。

たとえば犬にも汗腺があります。しかし体温を調整できるほどの量の汗をかくことはできません。かわりに舌を出して「ハッハッハ」とパンティングをして体温を下げています。

汗をかく動物が少ない理由として考えられるのは体毛の問題。体毛は水を弾くため、肌が毛に覆われている動物は、汗をかいても蒸発しにくく気化熱の効果が期待できません。

馬は「汗をかく」という非常に効率のいい体温調節の仕組みをもっていることで、あの大きな体でも長時間の運動に耐えられるというわけです。

 

馬の汗の量

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馬は人間の2倍の汗をかく能力があると書きましたが、炎天下で働く馬は1時間に 7.6 ~ 15.1 リットル、全力で走る競走馬は1回のレースで10リットルの汗をかくと推定されています。

2リットルのペットボトル5本分って運ぶとなると重いです。逆に言えば、それだけの汗をかけるために、高い能力を発揮できるのでしょう。

 

さて、競走馬の発する熱量を考えてみます。

馬では、疾走時に安静時の40~60倍の熱が産生されます。サラブレッドが競馬を一回走ると約2000キロカロリーの熱が産生されますが、もし仮にこの熱がすべて馬体に蓄えられたとすると、体温はまたたくまに5℃は上昇する計算になります。

競走馬の心技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.28

2,000kcalというと、事務仕事をする成人女性の一日の消費カロリーに匹敵する熱量です。

馬の比熱(1gを1℃上げるのに必要な熱量)を人間と同じ0.83で計算すると、450kg の馬の2,000kcal は

2000÷(450×0.83)=5.35

これで計算上はレースで発生する熱量によって 5℃上昇するということなのでしょう。

単純に2000kcal分の熱を水の気化熱で取り去るには、3~4リットルの水が必要になります。汗の気化熱のすべてが体温を奪うわけではないので参考までに。

25℃の水1リットルの蒸発潜熱は 583.1kcal

運動の際に生じる「熱」は運動に用いられなかったエネルギー。運動で消費されるカロリーのうち、運動そのものに使われるのは半分以下(諸説ある)。大半が熱としてロスをしていることになります。ただ、体温の上昇は運動能力の向上につながるので、完全な無駄というわけでもありません。

 

馬の汗は興奮した時に出る

人間にはエクリン腺とアポクリン腺という2種類の汗腺があります。

エクリン腺は人間の全身にあり、気温が上がると発汗して体温を下げる働きをします。エクリン腺から出る汗はほぼ水分で比較的さらさらしていて、匂いもそれほどありません。

それに対してアポクリン腺から出る汗は脂質やタンパク質を含み、皮膚の菌により分解されて匂いを発します。興奮した時にかく「冷や汗」などもこのアポクリン腺から出ており、ワキガの元でもあります。

アポクリン腺の汗はきつい臭いを発しますが、異性をひきつけるためのフェロモンの役割を果たしているとも考えられています。

 

それに対し馬の汗腺はエクリン腺とアポクリン腺の中間の形態で、細胞学的には人の腋にあるアポクリン汗腺と細胞学的には同じでエクリン腺は足の裏にしかありません

エクリン腺が発達している人間は気温が上がるだけでも汗をかきますが、アポクリン腺がほとんどの馬は、運動や興奮した時に発汗する機能が発達している。つまり暑い日に、自然に発汗して体温を下げる機能は高くはないようです。

競走馬の心技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.28

 

ときどきパドックで見かける入れ込んで汗を流している馬は、気温に関係なくただ興奮して発汗しているというわけです。

 

汗は臭いのか

アポクリン腺から出る汗には不飽和脂肪酸が含まれているので、時間が経って酸化すると臭くなるはずです。ワキガも皮膚の表面で酸化されて気になる臭いに変化します。

皮膚についたバターが時間が経つと臭ってくるのと同じ原理です。

しかしクールダウン中に汗が乾いてカピカピになった毛を嗅いでも、強烈な匂いがするわけではありません。汗はタオルでふいただけで拭いきれるようなものではなく、もっと臭くてもおかしくはないはずですが、強烈な臭いはしません。

馬の顔でスリスリされたシャツは臭くなるのに、もっと汗をかいている馬は臭わない。不思議ではあるのですが、人間は常に汗をかいているために肌の表面で常在菌が活動しています。厚着をしているとそれほど臭くならないことを考えると、人間の汗と交じると臭くなりやすいのかも。

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