『馬はなぜ走るのか』競馬が好きでない人にも読んで欲しい一冊

馬はなぜ走るのか

馬はなぜ走るのか―やさしいサラブレッド学
辻谷秋人 著

競馬に興味を持ち、馬を知りたくなった人にお薦めなのが、辻谷秋人著『馬はなぜ走るのか ~やさしいサラブレッド学~』。

「馬は好きで走っているのか」という素朴な疑問から、競走馬育成、馬格(馬の体型)、DNAが運動能力に及ぼす影響、馬場(トラック)の硬さによる馬の脚への負担まで、「競走馬と競馬」についての知識が一通り得られる構成になっています。

血統ごとの特徴や馬格による馬場適性といった解説をした馬券のための本ではなく、サラブレッドを知るための本です。JRAが施行する日本の競馬だけでなく、日米英国ごとの競馬の違いを含め、より大きな「競馬」という競技からサラブレッドの存在を捉えています。

馬の走り方(歩法)については詳しく書かれていますが、レース展開における逃げや追い込みのような「脚質」については触れられていません。

競馬というブラッド・スポーツにおけるサラブレッドという存在を解説していると言ってもいいかもしれません。

したがって馬券の役には立ちません。ま、「馬込みを嫌う馬」の性質や、「無酸素運動(グリコーゲン・ブドウ糖の代謝)」能力と「有酸素運動」能力といった科学的事実をもとに、実際のレース展開を考えるヒントにすることはできるかもしれないといった程度です。

馬はなぜ走るのか―やさしいサラブレッド学
辻谷秋人 著

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DNAの解析が進み、計測機器の小型化・低価格化やGPSによる追跡が容易に行えるようになったことで、馬に関する知見は2000年以降に飛躍的に増えています。『馬はなぜ走るのか』は、最近の研究成果に基づいて書かれているので、一通り読むだけで最新の知識が得られるようになっています。

 

本書の最大の特徴は人間の延長で考えがちな動物観を排していること。競馬では「馬は勝ちたがっている」「馬はゴールを知っている」といった人間側の情緒に頼った表現が用いられることがありますが、そういった見方は人間の論理でしかありません。

馬と人間では器官も違えば進化の方向性も異なる。全く違う世界に生きている動物に人間の価値観を当てはめるのは無理があります。

「やさしいサラブレッド学」の副題の示すように、最新の科学的知見に基づき、馬の視点からサラブレッドという品種と競馬の関係を客観的に説明しています。

網羅的な内容だけに動物行動学社の書いた書籍など比べると一つ一つの内容は薄く、読み物としては物足りないところがあります。
また、本書で触れているトピックの多くアh優駿や競馬新聞などのコラムで掲載されたもので、JRA競走馬総合研究所のウェブサイトでも公開されているもの。

科学的なデータに裏打ちされてはいますが独自の情報は多くはないため、競走馬についての基礎的な知識を、系統立てて仕入れるための本という位置づけとなるでしょう。

著者はJRAの関連会社に勤務した経歴を持ち、現在もライターとしてJRAの刊行物でも活躍している競馬好きです。

が、本書では競馬を称賛するわけでもなく馬券の楽しさを語るわけでもない。ひたすら事実に基づいて解説しているので「乗馬は好きだけど競馬は嫌い」「競馬には全く興味がない」という人にも読みやすいはず。乗馬をしている人なら、襲歩(ギャロップ)の歩法や手前の替え方の解説は楽しめることでしょう。

競馬を初めたばかりで馬について知りたいという人はもとより、競馬を外しては馬の歴史は語れないことは理解していても競馬自体が好きでなく、積極的に知りたいとも思えない人にも読んで欲しい一冊です。

  1. 馬はなぜ走るのか
    馬は好きで走っているのか/馬が必死に走る時/隣の馬に噛み付く理由/人の価値観、馬の行動原理/なぜ人間は間違えるのか/馬だから競馬はできた
  2. 競馬を可能にした馬という動物
    人が乗れる背中とは/人の意思を馬に伝えるために/馬は人を受け入れた/馬はなぜ競馬で走るのか
  3. 競走馬に必要な能力とは
    レースの距離/短距離体型と長距離体型/競馬はどんな運動か/短距離も長距離も「中距離」だった/馬の筋肉は「超短距離型」/競走馬に求められる能力/「15-15」には意味があった/なぜ馬は高地トレーニングをしないのか
  4. 馬はどのように走っているか
    馬は「走り方」を使い分ける/馬の膝はどこにある/歩法はこう進化した/「手前」が走りに影響する/コーナーは回りやすい手前がある/馬はどうやってゲートを出ているか/交差か回転か、右か左か/ラストスパートでは呼吸をしない?/ディープインパクトの走りを分析する
  5. 馬はどんなところを走っているか
    東京の茶色い芝/イギリス的なるもの、アメリカ的なるもの/「芝=スピード」という誤解/年間通して緑の馬場に/馬にとって走りやすい馬場とは/競馬に不可欠な「馬場の多様性」/日本のダートコースとは/ダートコースの走り方/ダートに向く馬とは
  6. 馬はこうして競走馬になる
    サラブレッドが「サラブレッド」になる
    サラブレッドが「競走馬」になる
  7. 馬の感覚と競走能力
    「走る」ために能力を制限する/イギリスで起きた「超音波事件」/牡馬と牝馬の能力差/発情と競走/馬の知能はどのくらいか/馬はゴールを知っているか/馬にとってレースの報酬とは何か
馬はなぜ走るのか―やさしいサラブレッド学
辻谷秋人 著

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併せて読むなら、馬の世界史がおすすめ。

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