馬は言わずと知れた草食動物。肉食獣からすれば食糧となる獲物です。かっこよく言うと馬は被食者。生きるためには肉食獣から逃げてなんぼ。馬の足の速さや臆病な性質は、生きながらえるために獲得されました。
捕食者から逃れるための能力として足の速さ、睡眠時間の短さ、耳のよさがありますが、視野の広さもまた、野生での生存に有利に働きます。
馬の視覚 馬はどのように世界を見ているのか馬の目
馬の視野は350度。真後ろ以外は目を動かすだけで捉えることができます。家畜馬の視力は 0.7 前後と言われていますが、野生の馬(再野生化した馬)は、もっといいと考えられます。
馬の目は「つぶらな瞳」と呼ぶにふさわしく、大きな目をしています。眼球は直径およそ4.5cm、人間の目の約2倍の大きさがあります。重さは約100g。
人間の瞳は丸くなっているため焦点を均等に絞ることができます。一方、馬の馬の瞳はまん丸ではなく、横に長く歪んでいます。そのため焦点の合わせ方が人間とは異なる部分があります。
馬の視野と機能
逃げることに特化した草食動物の目は顔の側面に近い位置にあります。目が横についていれば必然的に視野は広くなりますが、その反面、両目で見られる範囲が狭くなってしまいます。
逆に獲物を狩る捕食動物の目は、両目を使って距離を把握しやすいように正面についています。肉食獣は正面を見やすく進化し、草食動物は広い範囲を見渡せるように進化しました。
獲物である馬の視野は 350度。両目視野が 65度で片目の視界が 285度。
距離を正しく認識するのに必要な両目視野は人間では120度ほどあるのに対し、馬の視野はおよそ半分の65度。
両目で捉えることができる範囲は非常に狭くなっています。
実際に65度を測って手で隠してみると、見える範囲は限られることが分かります。この両目視野の狭さで車の運転をしたら怖そうです。
馬の両目視野は極端に狭い反面、真後ろ以外は首を動かすことなく目の動きだけでカバーできるため、草を食みながら周辺に目をやることができます。
視野に入ったもの全てをきちんと捉えられるわけではないものの、動きのあるものに対する認知能力は高く、危険を素早く察知することができると考えられています。
人間が気づかないような場所でバタバタしているビニール袋に馬がおののくのも、視野の広さと動きのあるものへの反応のよさ故なのでしょう。
広い視野は野生での生存には有利に働きますが、当然ながらデメリットもあります。
後述するように馬の目の焦点を合わせる能力には限界があるため、頭を動かして眼球の焦点の合いやすいところに視野を合わせているようです。また、両目で見られる範囲が狭いことから、視覚で距離を正しく把握するには頭を動かして目の位置を調整する必要があります。
足元をしっかり確認するには下を向く。進行方向にあるものを見るためには顔を上げなければいけない。面倒な身体とも言えます。
視野が広いゆえに横や後ろから来る他の馬を気にしたり、注意力が散漫になることがあります。馬の意識を前方に集中させるために、馬車を引いたり農耕作業をする時、あるいは競馬のレースでは、視界を制限するためのブリンカーが用いられます。
馬は見えない部分はないものと認識するのか、視野が狭くなることは気にしないようです。
目をきょろきょろさせたり頭を動かす理由
馬の視野は広いはずなのに目をきょろきょろさせたり、頭を動かしてこちらを見ようとします。これは目の焦点を合わせる仕組みが影響しているようです。
馬は大きな眼をしている。じっと見ていると吸い込まれそうな気分にさえなる。
実際、馬の眼球の直径はおよそ4.5cmで人の眼球の2倍の大きさがある。重さは約100g、陸生動物では最大の部類に属する。ただし馬の眼球はピンポン球のようなきれいな球形ではなく、ややゆがんだ形状をしている
馬の水晶体はその眼球同様かなり大きいが、毛様体筋の発達は貧弱である。そのためこの筋肉の動きだけでは焦点合わせは不完全と考えられている。彼らはそれをおぎなうため、上述した眼球のゆがみを焦点合わせに利用しているのである。
すなわち遠くを見る時にはあごを引き上目使いに、近くを見る時には逆にあごをあげて対象物を注視する。この感じは、ちょうど遠近両用のめがねを使っている状態に近いといえる。
馬の眼(競走馬研究所)
馬が頻繁に頭を動かしてものを見ようとするのは、両目で捉えられる範囲が狭いことに加え、視点を焦点に合わせるためなのでしょう。
馬の目には物理的な特徴だけでなく、視覚と知覚の面でも特有の性質を有しています。
馬の視覚 馬はどのように世界を見ているのか