装蹄の手順
馬の体重を支える蹄(ひづめ)は馬の爪にあたり、一月に8mm~1cmほど伸びます。
蹄は野生では削れる量と伸びる量が均衡するため手入れの必要はありません。
しかし人間に使役される馬は野生よりも運動量が多く、蹄が伸びる早さよりも削れる早さが勝ってしまうために靴が必要となりました。かつては蹄を保護するための金属を靴のように紐で縛って履かせていましたが、16世紀ごろに装蹄師という職業が成立し、現代の形の蹄鉄(ていてつ)が一般化しました。
蹄鉄は競走馬では2週間ごとに、乗用馬では1月~1月半ごとに取り替えられています。
蹄は人間の爪のように自然に伸びるため、一度つけてそのままというわけにはいきません。蹄鉄自体も摩耗して劣化するため、蹄鉄そのものを交換する必要があります。競走馬の蹄鉄交換が一般の馬よりも短い期間で行われるのは、使われている蹄鉄がアルミ製で劣化しやすいためです。
使役される馬に蹄鉄は必須
馬の蹄は血流のポンプの役割も担っているため、「蹄なくして馬はなし」と言われるほど大切な器官です。肢の怪我が致命的になることがあるのはご存知の通り。
野生の馬の蹄は削れる量と伸びる量のバランスが保たれるため、削る必要もなければ蹄鉄を履かせる必要もありません(自然状態でも環境によっては爪が割れたり痛んだりといった障害は出る)。
しかし家畜化され、人を乗せて走ったり荷駄を背負ったり馬車をひくようになると、蹄の伸びる早さよりも削れる量が多くなります。
馬の蹄が削れるのを防ぐために用いられるのが蹄鉄です。蹄鉄の役割は蹄の削れを防ぐばかりでなく、着地の衝撃を吸収したり足元のバランスを整える役割も担っています。足元のバランスを調整することで歩様(あし運び)が改善されることもあるため、蹄の管理は「蹄を護る」という意味で護蹄とも呼ばれます。
英語では Horseshoe と呼ばれる通り、蹄鉄はなくてはならない馬の靴というわけです。
一般的に用いられている蹄鉄は鉄製ですが、競走馬は兼用鉄と呼ばれるアルミ製の蹄鉄をつけています。かつてはレース用の勝負鉄と呼ばれるアルミ製のものと調教用の蹄鉄(アルミ・鉄どちらもある)を取り替えていましたが、今では兼用鉄といって調教でもレースでも使われています。そのため摩耗が激しく、2週間程度ほどで取り替えられています。
装蹄の基礎知識
蹄鉄を蹄に打つことを装蹄と言います。蹄鉄は蹄の神経の通っていないところに専用の釘で打ち付けます。神経が通っているところに打てば当然ながら痛い。
馬の脚は中指が進化したもので、蹄の表の固い部分は人間の爪の部分に当たります。爪の伸びてきた部分を切って見栄えを整えるのと同じく、馬の蹄も切ったり削ったりして整えられます。
蹄の裏側のくさび形の出っ張りとその周辺は指の先から腹に当たるため、比較的柔らかくなっています。柔らかいですが、くすぐったくはないようです。
装蹄をする人は装蹄師
装蹄をする人を装蹄師と言います。
通常は既成の蹄鉄を形を整えて装着していますが、うまくいかない時には一本の棒から蹄鉄を作り出すこともあります。装蹄師は熟練した鍛冶屋でもあります。
装蹄師の資格は日本装削蹄協会認定による民間資格。医師や弁護士のような業務独占資格ではないので、資格がなければできないというわけではありません。
しかし蹄鉄の打ち方や削蹄を失敗すると馬の健康状態にも関わるため、競走馬や乗用馬などの装蹄は資格のある装蹄師が行うことが一般的です。
装蹄方法の違い
装蹄には熱装装蹄と冷装装蹄があり、蹄鉄の種類によって使い分けられています。違いは蹄鉄の形を整える時に、蹄鉄を熱するか熱しないか。
熱装装蹄は鉄製の蹄鉄をつける時に行われる一般的な方法で、蹄鉄を赤くなるまで熱して蹄に合った形に整えます。蹄鉄の形が決まったら、熱いままの蹄鉄を蹄に当てて密着性を高める焼き付けを行います。その後微調整して釘で打ち付けます。
冷装装蹄は競走馬用のアルミニウム製の兼用鉄を履かせる時に用いられます。鉄製蹄鉄とは異なり、熱することなく取り付けるために冷装と呼ばれます。
冷装装蹄は熱する手間がない分、早く終わるようです。
交換の時期
蹄鉄の交換のタイミングは馬の状態によって変わります。蹄鉄の痛みが激しかったり、蹄のバランスが悪くなっていれば短期で取り替えることもあります。
- 乗用馬・競技用馬は1月~1月半
- 中央競馬の競走馬は2週間ほど
- 地方競馬は2~3週間ほど
費用はJRAのトレーニングセンターだと栗東・美浦のどちらも1頭2万円とのこと。一般的には規定がないのでまちまちですが、1万2千円~1万6千円+交通費です。
蹄鉄交換の流れ
- 蹄鉄を外す
- 削蹄(蹄を削ること)
- 蹄鉄を熱して形を整える
- 熱した蹄鉄を焼いて
- 釘を打ち付けて仕上げ
大雑把に言えば爪の形を整えて、新しい蹄鉄を打つという流れ。
こちらのビデオを見てもらえれば百聞は一見に如かずですが、順を追って見ていきます。
1.蹄鉄を蹄から外す
蹄に打ち付けられた釘を抜いて蹄鉄を外します。
2.削蹄する(爪を削る)
鎌のようなもので足の裏を削ったり、ペンチのようなもので伸びた蹄を切ったりヤスリを使って形を整えます。馬の健康や走り方にも影響する削蹄の肝です。
3.蹄鉄を熱して形を整える
蹄鉄を削った蹄の形に合わせて打ちます。装蹄師が鍛冶屋と化すのがこの作業。打っているのが蹄鉄というだけで、どこからどうみても鍛冶屋です。
設備のないところに出張する時は、ポータブルタイプのフォージ(炉)とガスボンベを使って作業をします。
4.熱いままの蹄鉄を蹄に押し当てる
熱いままの蹄鉄を蹄に当てて、蹄に蹄鉄の形を焼き付けます。タンパク質の焼ける匂いがします。
5.蹄鉄を蹄に打ち付ける
最終調整をして特殊な釘(鋲)で蹄鉄を打ち付けます。蹄の表面に出た釘の先端を抜けないよう傾きをつけて終了です。
蹄鉄外れる、落鉄の影響は?
馬の蹄を護る蹄鉄がないと、蹄は削れていきます。競馬のような激しい運動をすると毛羽立つようにもなるようです。
蹄鉄は通常は外れないように打たれていますが、なんらかの拍子に外れることもあります。ガッチリ打ち付けてあると蹄ごと痛めてしまうため、外れないとかえって危険があるためです。
蹄鉄が外れることを「落鉄」といいます。レース中に蹄鉄が後ろに吹っ飛んでも”落”鉄です。
落鉄は珍しいことではなく、競馬場で外れることもあります。チェックしていても外れることはある。発走前なら発走を遅らせて装蹄されます。2021年1月17日日経新春杯でクラージュゲリエが蹄鉄の打ち直しが行われました。
レース中の落鉄はそのままゴールまで走り抜けます。
競馬のレース前の装蹄やレース中に蹄鉄が外れた場合に走りに影響がでないか気になるところですが、結果にはあまり差はないと考えられています。
競走馬の落鉄はレースにどれだけ影響するのかその他の装蹄法
シンザン(シンザン鉄)
その柔軟性と強いバネによって前肢と後肢の蹄が接触してしまい、蹄を傷つけてしまうという特徴を持っていた。このため調教師の武田文吾と装蹄師の福田忠寛は前肢用の蹄鉄には梁を十字に渡し、後肢の蹄の先をスリッパのように覆うような形の蹄鉄を考案しこれを克服した。これが「シンザン鉄」と呼ばれるものである。
タイキシャトル
先天的に蹄が脆かったタイキシャトルは、装蹄師の志賀勝雄により「フォーポイント」と呼ばれる特殊な技法で装蹄を施された。本馬の実績は志賀の装蹄でなければ達成できなかったと評する者もいたという。
タイキシャトルは種牡馬引退後、引退馬協会のフォスターホース(里親を募集して余生を支援)としてヴェルサイユファームに繋養されています(2019年1月現在)。
ディープインパクト
普通の馬に比べて蹄が極端に薄かったため、従来の釘を使った蹄鉄の固定では釘が神経にまで達してしまうおそれもあって、満足な装蹄がままならなかった。そのため、装蹄師の西内荘が釘での固定を諦め、特殊な接着剤で固定する「エクイロックス」と呼ばれる最新の方法に切り替え、これを克服した。
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