馬車馬のように働く
「馬車馬のように働く」は脇目もふらずに働くことを例えた表現です。
馬車馬は視野を狭めるブリンカーという馬具を装着しています。周囲に気を散らさないために用いられているもので、競馬でもよく見かけるこれ。
左右の視界が遮られるため、物理的に脇目がふれなくなります。
馬の視野は350度と広く、動いているものに反応しやすい性質があります。ブリンカーを装着すると余計な情報が遮断されて馬の気が散るのを防げます。
視界が狭くなることを気にする馬もいますが、ほとんどの馬は見えないものは「ない」ものと考えるようです。
馬の両目で捉えられる範囲は60度と限られているため、視野を制限することで、両目でものを捉えさせやすくする効果もあります。
馬の目 馬の視野は350度ブリンカーは馬術競技では用いられませんが、競馬、馬車引き、農耕作業をする際に多く使用されます。
視野を制限する範囲は目的や馬によって異なりますが、絞るケースでは30度くらいにすることもあるようです。
ブリンカーをつけると視野が大幅に制限されて脇目をふることができなくなり、
脇目も振らず一心不乱に働く
の意味になりました。
馬車を延々と引くイメージから、かつては厳しい労働条件で働くことと誤解されることも多かったようです。
ひたすら馬車をひかされ、脇目をふる自由もない馬を想像すると意味としては通ります。
しかし「脇目もふらない」が正統な意味になります。
「馬車馬のように働く」を英語に直訳すると「work like a horse」。言葉のイメージ通り「死ぬほど働く」という意味になります。
さて、脇目もふらずに働いている馬車馬は、実際にはどのような扱いをされているのでしょうか。
米国ニューヨーク市の条例をもとに、馬の労働環境をみてましょう。
馬車馬の労働条件
ニューヨークで馬車馬として働くには、市のライセンスが必要です。条件は5歳以上26歳以下の馬。人間の年齢にして22歳から75歳にあたります。
馬車馬としてのライセンスが与えられた馬は、ニューヨーク市の馬の労働条件(使役条件)の元で働くことになります。
馬の労働条件は、アメリカらしく基準となる数字が明示されています。
- 馬車馬は24時間のうち、9時間以上働かせてはならない
- 乗用馬は24時間のうち、8時間以上働かせてはいけない
- 馬車馬は12ヶ月ごとに5週間以上の休暇・休養を与えられなければいけない
- 夏は華氏90度(摂氏32度)以上、冬は華氏18度(摂氏 -8度)以下では、馬の労働をやめさせ厩舎に戻さなければいけない
- 馬は2時間ごとに少なくとも15分以上休息させなければならない。仕事中であっても適宜水を与えなければならない
- 天候やその他の状況により馬の安全や健康が脅かされる時は働かせてはならない。仕事中にそのような状況が生じた場合は、最短のルートで厩舎に戻さなければならない
- 通常の診断に加え、4ヶ月~8ヶ月ごとに獣医による検査を受けさせなければならない
具体的な数字が示されているため曖昧さがなく、遵守しているか否かもはっきりと分かります。
馬車馬の労働条件はあなたの労働環境と比べてどうですか?
ニューヨークの馬車馬のように働くのなら、労働時間は9時間以内、2時間毎に休憩が必要になりますね。
ニューヨークの馬車は廃止議論がある
32℃以上、またはマイナス8℃以下では働かせてはいけない。24時間中9時間以上働かせてはいけない。2時間おきに少なくとも15分の休憩をさせなければいけない。
ニューヨーク市では、馬の福祉は明確な数字を伴った法律として明文化されています。全ての事業者で法律が遵守されているかの問題はありますが、制度としては曖昧さがありません。
それでもなお、廃止論は絶えません。
馬はやかましい環境にも慣れるとはいえ、喧騒に包まれ、刺激だらけの都会は厳しい環境です。少なくとも都市という環境は自然状態から程遠い状態。人間でもストレスが溜まります。
人間なら適宜リフレッシュすることもできるけれど、馬はそうはいかない。廃止論にも一定の説得力はあります。
ニューヨークでは使役する側に厳しい条件が課せられているのに、なお廃止の議論が生じます。こういう背景を踏まえれば、海外で競馬での鞭の使用が強化されていることにも納得できるのではないでしょうか?
都市部の観光馬車は廃止されゆくのか信任状捧呈式の馬車列馬の目 馬の視野は350度