目にするとノスタルジーを感じさせる街中を闊歩(カッポ)する馬車ですが、近年では都市部での観光馬車が廃止されるケースが目につきます。
廃止まではいかないまでも反対が多い地域もあり、現在営業していても存続が危ういところがあります。
反対の理由はご想像の通り、街中で馬を働かせることへの動物福祉の観点のものが多くなっています。それだけなら馬の福祉に最大限配慮した形で残せそうなものですが、そうはいかない。観光馬車廃止の背景には、観光資源として積極的に残すメリットがなくなっているということがあるようです。
馬車はどうしても一般交通に影響を及ぼしてしまうことや、蹄鉄と路面によっては道路を傷めるという問題があります。交通量の多い都市では、維持するメリットよりデメリットのほうが大きくなっている。ただし「観光馬車禁止」は特定の地域での営業ができなくなるだけで、別の地域で生き残るので、すぐさまなくなるというわけではありません。
ここでは3つの都市の観光馬車廃止と反対ついて紹介します。
カナダ・モントリオール
カレーシュ(calèches)と呼ばれるモントリオール市内での観光馬車営業が2020年1月1日より禁止されています。
観光馬車廃止の理由は、第一に動物福祉の問題と街中での馬の怪我、そして馬車に関する苦情と法律の違反です。
市によると2014年以降に数百件の苦情と4件の事故があったほか、2016年と2017年には、14件の馬の健康状態や馬車に関する違反が記録されているとCBCが報じています。やはり街中での事故が目撃されると反対が増えるのは避けられないことのようです。
観光馬車廃止前のモントリオールでは、気温が28℃以上になったら馬を営業に用いることは許されていませんでした。違反していればペナルティを課されてしかるべきですが、29℃で働かせていたとして起訴されたケースもあります。事業者のオーナーは(観光ツアーを中断するよう)連絡を取ろうとしたが、ドライバーは客を乗せて運転中であったために電話に出られなかった、と主張しています。
事業者の一人は市の観光馬車禁止に対して差し止めの訴えを起こしたものの、時期が2019年の12月であったために「おそすぎる」として棄却されています。禁止までに1年半ほどの期間があったため、訴えを起こすには遅すぎるという判断がなされました。
大手事業者の一人は、馬が適切に扱われていたことは獣医の診察記録でも証明できる。馬の福祉に配慮した要望を市に出してきたのに拒否されてきた。禁止は政治的な動機に基づくものだと主張しています。
これまでにモントリオールの路上で馬をつなぐポールを設置する要望を出していたのに無視されてきたこと、ドライバーが道路工事について知らされていなかったために、金属のプレートで滑って馬が事故を起こしたこと。プレートに(滑らないよう)ゴムマットを敷いたのに、撤去された、と語っています。
観光馬車の禁止に伴いカレーシュで用いられていた馬は市が1000ドルで引き取ることを提案していましたが、2019年12月中旬までにオファーを受け入れたのは一人であったとCTVニュースが報じています。馬の引き取りの申し出が少なかったのは、営業を他の地域で行う事業者が多いことを示唆している、と市議の一人は語っています。
都市部が馬車にそぐわない場所であることは確かですが、政治的な動機が大いに関わっていることも十分にありえます。苦情や事故のことを考えれば、観光資源として維持する動機もなくなっているのでしょう。
Will the ‘old Montreal magic’ disappear with the city’s horse-drawn carriages?
イタリア・ローマ
ボッティセル(botticelle)と呼ばれるローマの観光馬車は2019年後半より新規ライセンスの発行を停止し、順次廃止となります。2019年10月20日時点では32の免許をもつ馬車があり、80頭の馬が働いていると英ガーディアンが伝えています。
廃止の理由は、死亡例が挙げられれているなど、やはり動物福祉の問題が大きく、モントリオール同様に苦情もあったとのこと。滑りやすい舗装路であることも一因となっています。
ローマの環境委員会は、今後は市の公共施設や公園のみでの営業が許可される見通しで、現在営業している業者にはタクシーの免許を与えるオプションも与えることで職種転換を促すようです。
ニューヨーク・アメリカ(廃止議論)
ニューヨークは観光馬車廃止論がくすぶり続けていたのですが、2020年3月にSNSに投稿された怪我を負った馬車馬の動画がきっかけで、反対運動が再燃しているようです。いずれの動画も動物の権利団体と活動家による投稿です。
DISTURBING.
This carriage horse from Clinton Park Stables is seen stumbling and unable to straighten their back legs in Central Park earlier today.
After years of doing nothing for carriage horses, will @NYCCouncil finally protect them? cc: @CoreyinNYC pic.twitter.com/EzSgvxoCkb
— julie marie cappiello Ⓥ (@jmcappiello) February 29, 2020
Today, New York officially implemented the #plasticbagban.
There was no apocalypse. No one died.
When horse carriages are banned in New York, no one will miss them. Life will go on as usual.#banhorsecarriages pic.twitter.com/GLXyUH60DV
— Voters For Animal Rights (@theanimalvoters) March 2, 2020
💔This brutal video shows carriage drivers purposely blowing smoke into downed carriage horse Aisha’s face and her flipping over in terror. There is 17 minutes more of footage like this. Aisha was brutalized. Now she’s dead. Animal cruelty charges need to be filed. @NYPDPaws pic.twitter.com/JZhsWuQ4ML
— NYCLASS (@nyclass) March 2, 2020
馬の名前はアイーシャ。立つことができず、何度も転倒しています。厩舎に連れ帰られた後、かかりつけの獣医による治療が行われたものの効果はなく、安楽死措置が取られたとのこと。動画を見ると痛々しくはあるのですが、不適切な扱いをしているのかは不明です。治療そのものは1時間以内に行われていますが、問題視されているのは獣医を呼ばなかったこと、なのかな。
ニューヨークのビル・デブラシオ市長もTwitterに「ニューヨーク市警の動物虐待捜査班」が捜査中とコメントしています。
The video of a horse collapsing and dying in Central Park yesterday is painful and says so much about a persistent problem.
We’ve made real progress in animal welfare but we must go further. The NYPD’s Animal Cruelty Investigation Squad is on the case and WILL get answers.
— Mayor Bill de Blasio (@NYCMayor) March 1, 2020
馬車馬はどの程度働いているのか
馬車馬がどの程度働いているのかについての研究はあまりないようで、アメリカ・チャールストンの馬車馬・ラバの研究が代表的なもののようです。
Retrospective Review of Carriage Horse and Mule Welfare in Charleston, South Carolina (2009–2012)
チャールストンの馬の稼働は年間平均で163日〜188日。1営業日あたり4.6時間仕事をしており、年間平均で865のツアーを行っていた、とされています。お客さんを載せていない時間は除いた時間なので、一日4~5回転くらいになるのでしょう。