動物の”死”にまつわる表現の悩ましさ ”死亡”が使えるのは人間のみ

馬が死んだときの報道で”死ぬ”という表現を目にして、「なんとかならんか」という騎手がいました。

「死ぬ」だと客観的すぎて落ち着かないのは理解できるといえば理解はできる。しかしこれ、校正ルールで、動物に対して「死亡」が使えないために生じている問題なのです。

”ルール上の制約”で、「死亡」は人間にしか使えない

大手メディアが「動物の死亡」という表現についてどう捉えているのかは、ウェブサイトに記載されています。ここでは産経新聞、毎日新聞、NHKの考え方を見てみます。

産経新聞

新聞では「死亡」は「人間の場合に使う語。原則として動物の場合には使わない」(産経新聞の用字用語の手引『産経ハンドブック』)ことになっているからです。

例えば、動物園のパンダの場合、「死亡した」ではなく「死んだ」と書かなければなりません。これに従えば、サラブレッドであるトキノミノルの死んだ年を「死亡年」と表記することはよろしくないことになります。

では、辞書にはどう書いてあるのでしょう。各辞書の「死亡」の項目を見ると、『大辞林』(三省堂)は単に「死ぬこと」と説明していますが、『デジタル大辞泉』(小学館)は「人が死ぬこと。死去」と、わざわざ「人が」と条件を付けており、『広辞苑』(岩波書店)も同様でした。

 

毎日新聞

毎日新聞用語集では「(犬が)死亡した→『死亡』は主に人に使う。人以外の動物は『死ぬ・死んだ』」としていて、動物の場合、原則「死亡」とはしません。用語集通り、「死ぬ」「死んだこと」などとして紙面化しましたが、この記事に限らず、最近は動物についても「死亡」と書いてくる記者が増えているように思います。
大概の辞書の「死亡」の項では「人が死ぬこと」のように、ほぼ「人が」という条件をつけて記述しています。ですから毎日用語集の規定は妥当なはずですが、動物の「死亡」について違和感が薄れてきているように思えるのはなぜでしょうか。
一つは官庁の発表で使われている現実があります。特に統計的な語彙(ごい)として定義を明確に付与されている場合、言い換えにくい場面が出てきます。先ほどのPEDについての農林水産省のホームページでも、統計表の中で「死亡頭数」という言葉が使われています。これぐらいですと「死んだ頭数」としても支障がないことが多いですが、牛海綿状脳症(BSE)の記事などに登場する「死亡牛緊急検査処理円滑化推進事業」のように、ほぼ固有名詞のようになってくると、いじりづらくなります。ある種「お役所言葉」なわけですが、官庁に限らず学界などでも同じことがあると思います。定義をはっきりさせようとする語彙には和語がなじまず、漢語を探してしまうというのは日本語の性質なのかもしれません。

 

#30 「パンダが亡くなりました」はおかしいですか?|NHK文研ブログ

5月26日に、井の頭自然文化園の象「はな子」が、息をひきとりました。
動物園には献花台が設けられ、多くの人たちが「はな子」の死をいたみ、その様子はニュースにも取り上げられました。
今回のように、動物の「死」がニュースになることは多くあります。「パンダ」やその赤ちゃん、そして「猫の駅長」のように、人気を集める動物が死んだ場合、そして今回の「はな子」のように動物園で長年飼育され、人々に親しまれていた動物が死んだ場合などです。
こうしたニュースを伝えるのに、動物の「死」をどう表現したらいいでしょう?いつも困らされる問題です。

NHKのニュースでは、「死ぬ」を原則にしています。「死亡」や「亡くなる」は「人」に対して使う表現で、動物に使うのはおかしいと考えられるためです。
しかし、「象のはな子が死にました」というと、事実は伝えているが、なまなましすぎて、違和感があるという方がいます。
一方で、「象のはな子が死亡しました」「象のはな子が亡くなりました」では、まるで人間のことを言っているようで、おかしいという方もいます。
では、どういう表現が適切なのでしょうか。

毎日新聞でも触れているように、「死亡」ということば、畜産動物に対しては普通に使います。統計もそうですし、化製場(動物の死体の処理を行う施設)は”死亡獣畜取扱場”も兼ねており、法律上も用いられています。

死体の解体とその後の埋却もしくは焼却のみを行う「死亡獣畜取扱場」と、家畜から食肉を生産した後に発生する畜産副産物を加工し製品化する「化製場」とに分けられるが、ほとんどの場合は一つの施設で両方の役割を担っている。

化製場|Wikipedia

お役所ことばといえるのかは分かりませんが、JRAは農水省の下の特殊法人なので、心情云々抜きで競走馬にも使うよね、と。もちろん「亡くなる」のように人間向けのものは使えません。

「死亡」以外にも、動物に対して使っていいのか悩むことばがあります。

たとえば”存命”。生存ならば動物でも構わないけれど、存命は人間にというイメージがあります。動物にも使いますけどね。

ことばはやっぱり難しい。