岩波ブックレット『アニマルウェルフェアとは何か』 動物福祉入門書

動物福祉(アニマルウェルフェア)ということばをよく耳にするようになりました。

記憶に新しいところでは、2020年末に報道された、吉川元農林水産大臣が鶏卵生産大手「アキタフーズ」(広島県福山市)から裏金を受け取っていたスキャンダルがあります。OIE(世界動物保健機関、国際獣疫事務局)の掲げる「動物の利用には、現実的な範囲で最大限その動物のウェルフェアを確保する倫理的責任が伴う」という原則を軽視するように働きかけるものでした。

動物福祉はSDGsとも深く関わるため、世界的に重視されるようになっています。今の流れがいいのか悪いのかは別として、世界はアニマルウェルフェアを推進する方向にあり、裏金スキャンダルは、いわば空気を読まない時代に逆行する行動でした。

「牛や豚を苦しまないようにしたほうがいいよね」と問えば、みんなうなずきます。「アニマルウェルフェアってそれを実現するための考え方であり、実行するための基本思想なんだけどなー」と思うのですが、なかなか受け入れにくいようです。

動物倫理の入門書として、アニマルライツセンターの発行する『日本の動物に起きていること』を紹介したところ、わりとアクセスがあるので、もう一冊、分かりやすい入門書として、岩波ブックレットの『アニマルウェルフェアとは何か~倫理的消費と食の安全』を紹介します。

『アニマルウェルフェアとは何か』では、最初の3章で、鶏、豚、牛について、それぞれどんな生き物かを示し、日本の現状と世界の動向について概観しています。この中で面白かった、というか、「あちゃー」と思ったのが、濃い牛乳への需要が、放牧から牛舎で育てられるきっかけともなったという部分。「濃い牛乳」とは脂肪分の多いことを意味しており、この需要に応えるために、農協などが、酪農家から買い取る生乳の脂肪分を3.5%以上という基準を設定。それ以下だと買取価格が引き下げることに決められたとのこと。その結果、一年を通して3.5%の脂肪分を維持するために濃厚飼料が大量に必要となり、放牧ではなく牛舎での給餌となったそうです。

紅茶にもコーヒーにも大量に牛乳を入れてコクを楽しむ筆者は、濃い牛乳が好きなのです。味わいのために放牧では難しくなっていたことを知り、「あちゃー」と思ったわけです。

それはさておき。

残りの3章では、アニマルウェルフェアの意義と、具体的な取り組みについての解説がされています。

動物福祉向上のために必要なことや、海外ではどういう方向に向かっているのかを丁寧に説明しているので、順に読んでいくだけで大まかな流れは分かるようになっています。海外ではすでに実施されていたり、検討されていることが多いことが自然に頭に入ります。

福祉基準を満たした動物の扱い判定法として、このサイトで何度か取り上げている、動物行動学者、テンプル・グランディン博士の評価法も紹介されています。

  1. 初回のスタンニングが成功し、気絶した家畜や家禽の割合。
  2. レールに吊るされた後に意識を失ったままでいる家畜の割合(100%でなくてはならない)。家禽については、スタンニング後に意識を失っているものの割合を測定する。熱湯処理タンクに入る前に100%でなければならない。
  3. 輸送中に倒れた家畜の割合(家禽は適用外)。
  4. 輸送中と気絶処理中、声(悲鳴、唸り声)を発した牛と豚の割合(羊と家禽は適用外)。
  5. 電気の鞭によって移動させられた家畜の割合(家禽は適用外)。

いたってシンプルですが、そのほうが有効なのだそうです。「スタンガンが使われているか」といった技術的な基準で測定すると、スタンガンの使い方に目がいかず、不適切な扱いで苦痛を与えてしまうこともありうる。

目的は「動物の苦痛を減らす」なのに、指示を守ることに目が行くと、目的を見落としてしまうのはよくあることです。

また、厳しい基準を設けると、一般にチェック項目が増えたり、細かい指定ができがちです。すると見落としが発生したり、「このくらいなら」という判断が入ってしまい、目的を達成できなくなるケースがあります。

グランディンの評価方法では結果に着目することで、そういった「失敗」を避けています。実際、以前の評価方法では「一度のスタンニング処理で、95%以上の牛が気絶していた」屠場は30%だったのに、上の評価方法に変えると、90%以上の屠場で「一度のスタンニング処理で、95%以上の牛が気絶していた」になったとのこと。

この評価方法は、おそらく20年くらい前に開発したものか、それをもとに作られたものです。動物福祉の実施だけでなく、実用的な評価方法もすでにあるわけです。

動物福祉という「ことば」をよく耳にするようになっても、やはり縁遠い印象が拭えないと思います。

その理由として「動物愛護」の概念が障害になっているのでないか、という帝京科学大学の佐藤衆介先生の指摘がおそらく的を射ているのでしょう。

福祉は個体の存在を尊重するもので、愛の有無は関係がない。そもそもの原理が異なります。ただ、「個人主義ではない日本では、そういう発想は理解しにくいかもしれない」と書かれていますが、「愛護」を一度忘れれば、納得いかなくても理解はできるのではないか、とは思います。

「動物愛護とはまったく別もの」という意識で読んでもらえたら、多少なりとも腑に落ちることが増えると思います。

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