JRA大量除外事件と薬物規制のあり方、ノモケンの記事から考える 

馬のごはん 飼料

歯に衣着せず競馬産業への批判と提言を行えるのは、日経新聞の野元賢一記者(ノモケン)くらいだ。などと書くと異論があるかもしれないが、JRAをきちんと批判できているライター・記者はほとんどいない。

2019年6月に発生した大量除外騒動のようなJRAが当事者となる「事件」では、メディアの競馬サークルへの忖度が見え隠れする。事件の背景や意味するところについての読者の関心が薄いことを考慮しても少なすぎる(空気を読まないギャンブリングジャーナルは普段読まないが、見落としていたネタがあったりするので侮れない)。

さて、筆者が一方的に敬愛しているノモケンのJRA大量除外事件についてのコラムが、6月29日の日経新聞に掲載されていた。コラムでは6月下旬の段階に判明している事件の経緯と背景をふまえ、競馬法の薬物規制が時代に合わなくなっていることを指摘している。現在の禁止薬物規定の実効性への懐疑と、ヨーロッパを範とした馬の福祉を意識した新たな薬物規制の枠組みが必要という趣旨だ。

ノモケンコラムはいつもどおり面白くはあったのだが、少々乱暴に思える部分があったので考察してみた。

(以下、引用はすべて高い検査能力と旧態依然の世界観…JRA薬物検出|日本経済新聞より)

大量出走除外事件のあらまし

JRA競走馬大量出走除外事件(あえて騒動とは言わない)は、競走馬用サプリメント「グリーンカル」に競馬での禁止薬物「テオブロミン」が混入し、2019年6月15日と16日に出走予定であった156頭が競走除外となった事件。

グリーンカルは競走馬の厩舎でも広く用いられていた製品で、禁止薬物検査済み商品として販売されていた。

本来は製造行程の変更があるたびに競走馬理化学研究所での検査を受けてから流通させることになっているが、その手順が守られていなかったことが直接の原因となった。

6月14日金曜日の午後にグリーンカルからテオブロミンが検出されたことが検査依頼先の理化学研究所から知らされると、製造元の会社は、納入先の厩舎から同製品の回収を始めた。

回収対象の連絡があった厩舎からJRAの公正室に複数の問い合わせがあり、JRAはその日の夕方には状況を把握。グリーンカルを購入した厩舎は検査済みの製品と認識していたため、同製品が与えられていなかった馬も含め、厩舎全ての馬が摂取した可能性を否定できない状況となった(厳密な管理が行われていたかが不明)。

禁止薬物混入の発覚が金曜の夕方であったために全頭検査をする余裕がなく、JRAは2019年6月15日と16日に出走予定であった156頭の競走馬を出走除外扱いとすることを決定。正式な発表は15日午前6時30分にウェブサイトで行われた。

テオブロミンは時間的に翌週のレースまでに抜けきらない可能性があったが、競走除外の対象となった厩舎の馬365頭の検査を行ったところ、テオブロミン陽性は0という結果が出た。そのため翌週のレースに影響が出ることはなく、事態は15日と16日の2日間で収束した。

問題となったグリーンカルのロットは昨年12月から流通していたもの。12月の段階では検査に出されていないにもかかわらず、それまでのロットと同じく検査済みの流通していた。このロットの製品の検査に出されたのは2019年4月になってからのことで、定期検査として理化学研究所に送ったものからテオブロミンが検出され、14日午後に回収を始めた。

しかし3つのロット番号が回収対象となったことから、製造会社の管理体制と認識の問題が浮上している。

 

責任は販売元にある

テアブロミン混入の原因が製造元にあれば販売元が製造元に責任を負わせることはできるだろう。しかし156頭もの馬の競走除外が発生した直接の原因は「検査済み」として販売したことにある。

チェックを怠ったJRAにも部分的に瑕疵はあるにせよその範囲は限定的であり、責任は販売元にある。ピンクブーケ事件の反省から、JRAは販売業者に対してロットの管理を徹底することを義務付けている。

 販売者・製造者等に対し、ロットの考え方を徹底し、ロット毎の薬物検査と適正な管理を行うよう指導する。
特に、本会施設内で営業する販売者に対しては下記各項目を義務づけ、違背した販売者に対しては、本会施設内での営業を禁止する。

・製造者が適正なロット管理を行っているかを確認したうえで商品を販売すること
・同一ロット表示であっても輸入時期が異なる外国製品については、薬物検査を受検すること
・本会主催の薬物に関する講習会に参加すること
・「飼料添加物等の薬物検査実施要領」を遵守すること

ピンクブーケ事案」に対する裁定委員会の決定事項について|ラジオNIKKEI

すべての販売業者がJRAの指導を遵守していれば今回の騒動は起こらずに済んだだろう。かりに輸入原料にテオブロミンが混入していたとしても、もう少し範囲が絞れていたことだろう。

なぜサンプル検査で陽性なのに馬からは検出されなかったのか

2018年12月から6月9日までの1着~3着の馬からテオブロミンは検出されていなかったのに、競走馬理化学研究所での検体検査ではテオブロミンが陽性となったのか。

検査に用いられたグリーンカルのサンプルのみに、たまたま混入しただけかもしれないし、原材料にずっと入っていたのかもしれない。詳しいことは今後の調査を待つしかないが、可能性があるのは二通りのパターンだろう。

  1. これまでも混入していたが、馬からは検出されないほど微量であった
  2. たまたま理化学研究所に送ったサンプルにテオブロミンが混入していた

極めて微量で馬からは検出できなかっただけか、たまたまサンプルに入っていたかのどちらかである。

いずれにせよグリーンカルを食べさせなければいいだけと、事件としては単純なものだった。過去に馬から検出されていなかったのだから遡及する必要もない。ただ規模が大きくなってしまっただけだ。

 

ヨーロッパではすべての薬物が禁止

ヨーロッパでは、レース時にはすべての薬物の使用が禁じられている。ゼロ・トレランスの方針が貫かれていて、日本よりも厳しいシステムになっている。

2006年の凱旋門賞でディープインパクトが薬物検査でひっかかった「イプラトロピウム」は、当時日本では禁止されていなかった。日本は禁止薬物を列挙していくが、フランスでは全ての薬物が禁じられている。

欧州などでは規制のフォーカスが「馬の福祉」に移りつつある。鎮痛剤などを使って、故障のリスクを抱えた馬を無理に走らせるのを封じようという考え方だ。だが、日本の競馬法の世界観とは全く異質なため、JRAは新たな潮流を内規の形で取り込んでいる。

痛みを抱えた馬に鎮痛剤を投与して走らせることは故障のリスクを上げるだけでなく、下手をすればジョッキーもろとも横転ということもありうる。人馬ともにリスクを抱えることになるため、全ての薬物の使用を禁じるのは合理的な考え方ではある。

「JRAは新たな潮流を内規の形で取り込んでいる」の部分は、おそらく規制薬物規定のことだろう。2019年4月にレッドランディーニから抗炎症剤の「ヒドロコルチゾン」が検出されたとして石坂正調教師が処分を受け、後に審査請求をしたことは記憶に新しい。規制薬物は競馬法に規定がないため刑事罰を伴わない。

もっともヨーロッパはヨーロッパで厄介な部分もある。たとえばレース後の検査で若ハゲ用治療薬「ミノキシジル」が検出されたことで、イギリスの調教師スージー・ベストが制裁を受けた例がある。ベスト師のアシスタントがミノキシジル入りのシャンプーを使い、それが飼料に混入したことが原因とされている。

イギリスでは薬物名が列挙されていないため、成分表を見て判断する必要があるのだ。

テオブロミンには興奮作用や利尿作用があるため、禁止薬物に指定されているが、薬効の程度を人が制御できず、ドーピングの手段となることは考えにくいという。また、飼料添加物からは検出され、馬の検体からは検出されなかったことは、一方の検査基準が現実性を欠いていたことになる。閾(いき)値を設けず、25メートルプールに1滴たらした程度でも違反とすることが、薬物規制を通じて達成しようとする目的に本当に役立つのかは、再考の余地がある。

まさにこの指摘のとおりのことがヨーロッパでも起こりうる。ミノキシジルは血圧降下剤の開発中に副作用として若禿げ改善効果が見られた薬なので、確かに薬効はある。しかし、それが競走馬の能力に影響するほどの量であったかは疑問だ。

捜査の限界と薬物規制は別個の問題

野元は禁止薬物使用にともなう刑事罰の実効性が疑わしいとして、動物福祉の観点から、消炎剤なども含めた薬物の規制を「競馬法段階から規制のあり方を見直す時期に来ている」としている。

実際に禁止薬物が出て、「警察沙汰」になっても、迷宮入りした例は多い。11年7月に公営・大井で行われた交流重賞、ジャパンダートダービーで3位入線馬クラーベセクレタからカフェインが検出されたが、被疑者は特定されなかった。昨年秋から暮れにかけては、岩手県競馬でステロイド系薬物検出馬が相次いだが、これも未解決。どちらも馬券上の利益でなく、管理厩舎や競馬施行者に対する業務妨害的な動機が疑われており、警察の捜査能力の限界も示した。

昨今の禁止薬物の問題は競走能力を上げ下げすることを意図したものではなく、妨害を目的としていると思われるケースが多い。その点では競馬法の定める「禁止薬物の使用」には当てはまらず、威力業務妨害などになるのかもしれない。

競馬法第三十一条では「出走すべき馬につき、その馬の競走能力を一時的にたかめ又は減ずる薬品又は薬剤を使用した者」に対し、「三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する」となっている

捜査が暗礁に乗り上げて被疑者の特定ができないことと、禁止薬物の規定をまとめて扱うのは乱暴すぎないだろうか。今のところドーピングが見当たらないとはいえ、イカサマを法律で取り締まれなければ法の不備ということになるだろう。

こうした実情を踏まえると、競馬法段階から規制のあり方を見直す時期に来ている。有名無実化した刑事罰を見直し、ヒトのスポーツのドーピング規制や馬の福祉の観点を取り入れる必要がある。

規制薬物・禁止薬物をドーピング規制の枠組みとして、馬の福祉の観点から包括的に見直すべきとする点にはうなずける。

ただしヒトのスポーツを参照すると、これまた厄介なことになる。たとえば関節など局所に抗炎症剤を注入するブロック注射は、人間なら禁じられていない。自己判断ができない馬と自己責任で行えるヒトとは異なった福祉が必要となる。