『ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男』ジャパンカップ誕生秘話

ジャパンカップ創設の舞台裏・JRA版プロジェクトX

2020年で40回目を迎えるジャパンカップ。史上初の無敗の牝馬三冠馬デアリングタクト、親子三冠を達成したコントレイル、平地芝G1で8勝の記録を樹立したアーモンドアイが集うことから、競馬ファン以外からも注目されている。

日本競馬としては非常に楽しみな一戦ではあるが、国際招待レースであるにも関わらず、海外調教馬の遠征はウェイトゥパリス一頭のみ。2019年のゼロに比べれば、コロナ禍のさなかに来日するだけでもありがたいことではある。

賞金的にも開催時期的にも国際的なプレゼンスが下がってしまったジャパンカップだが、始まった当初は日本の馬はまったく歯が立たない馬が来ていた。海外の強さを日本人に見せつけていたのだ。

海外の馬の強さを日本に知らしめること。これがジャパンカップを創設した目的のひとつであったことが、河村清明『ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男―異端の挑戦』で明かされている。

ジャパンカップの創設理由については「世界に通用する強い馬作り」とされているが、その裏には、「日本競馬の国際化」、「競馬のスポーツ性の強調」、そして「日本の馬生産への刺激」という意図があった。70年代の競馬にはまだまだ鉄火場色があったが、1970年にはタニノムーティエとアローエクスプレスとの対決など、娯楽・スポーツ性も見いだされてきた時期であった。

しかし競馬のスポーツ性を強調するにも、一般的なスポーツのような世界大会はない。しかも日本だけで実施しても説得力がない。それならそれに近い場を作ってしまえ!と考えたのが創設の中心となった北原義孝である。JRA所属の馬術選手、北原広之氏の父親というと分かりやすいかもしれない。

海外の競馬主催者とのコネもほとんどなく手探り状態からのスタートで、南米北米オセアニアヨーロッパと飛び回り、なんとか招致しようとするが、ストップがかかりそうになることもあった。

時期尚早ではないか。招待してもいい馬が来てくれなければ意味がない。(今と違って)情報の収集も伝達も時間がかかる。来日した馬の検疫期間と場所の問題。

課題は山積しており、やめる理由はいくらでもあったが、そこを乗り越え開催にこぎつける。馬と人が日本に到着してホッとしたのもつかの間、こんどはコミュニケーションの問題や馬場状態へのクレームが生じるなど、多難の連続であった。日本滞在中の関係者への「おもてなし」は、スマートさはないが、個々の暖かさが伝わってくる。

なにごともゼロから始めるのは大変だが、ジャパンカップ開催までの道のりの困難さは想像を絶するものだった。読んでいるだけでも疲れてくる。

多くの苦労を重ねながらも成功に導いたバイタリティもさることながら、スポーツ性に着目してそれを広めるという先見の明は感嘆するしかない。海外勢に日本の馬がどれほど通用するかとなれば、競馬ファン以外にも気になるところだからうまいところをついている。

日本の馬が強くなり、現在では海外へ遠征も珍しくなくなったのは、ジャパンカップの影響が大きい。

2019年に改装工事によってリニューアルされた馬事公苑が海外の馬術選手からも絶賛されたのは、ジャパンカップを実施してきた経験も生きているのだろう。

『ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男』を読むと、「ジャパンカップすごい」「絶対残せ」と思えることうけあい。とにかく面白いので、この機会に読んでみてください。

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