宮古馬 宮古島の日本在来馬〔馬の品種〕

宮古馬(みやこうま)
Miyako Horse

日本在来種・和種宮古馬
品種名宮古馬 (Miyako Uma)
原産国/地域日本・宮古島
毛色鹿毛、栗毛、糟毛
体高110 ~ 120㎝ (10.3hh - 11.3hh)
体重体型・資質は統一されていない
用途観光、祭り、種の保全
分類日本在来馬、和種、ポニー
関連品種日本在来馬

宮古馬(みやこうま)は8種いる日本在来馬の1種で沖縄県の天然記念物(1991年1月より)。

現地では「ミャークヌーマ」、「スマヌーマ」などとと呼ばれる

特徴としては顔が大きく、体の後部は貧弱であること。体高は110~120cmと小型。身体的特徴は一定していない。

モータリゼーション以前は、荷駄や運搬、農耕に用いられていた。蹄は太く硬く適応したため、蹄鉄なしで石の道を歩かせても蹄底が傷まない、粗食に耐えるなど、労働力として優れていたとされる。

戦前の馬匹改良の影響は比較的小さかったものの、戦後は耕運機の導入などで馬が不要となり激減。1978年には、純血度の高い個体は7頭にまで減少し、絶滅の危機に陥る。1977年に宮古馬保存対策会が設置され、保護が行われた。

当初の目標個体数は50頭。2015年には50頭を達成し、保存の見直しが行われた。

宮古馬の歴史

宮古島宮古馬

(この項、Wikipediaより転載、一部編集)

沖縄地方では、古くから小型馬が飼育され、14世紀には中国への主要な輸出品となっていた。近年の研究では、体格、遺伝学的分析、遺存体の共伴物、馬具等の点から見て、沖縄本島及び宮古島には九州から渡来し、宮古島への渡来の時期は14世紀とする。

1771年(明和8年)の八重山地震(明和の大津波)では、宮古列島で403頭の馬が失われたとの記録があり、これから推定すると当時の宮古島では約2,000頭の馬が飼育されていたと考えられている[9]。

琉球王国の時代から太平洋戦争中まで行われた、沖縄の伝統の馬乗り競技である琉球競馬で用いられた馬は、ほとんどが宮古馬であった。昭和初期に琉球競馬で活躍した名馬ヒコーキ号も、白毛の宮古馬であったとされる。

明治以降
1917年(大正6年)、種牡馬を除く3歳以上の牡馬の去勢を定めた馬匹去勢法が施行された。これは、軍馬の気性の荒さを去勢によって解消するとともに、在来馬と大型種牡馬との交配により馬体を改良することを目的としていた。宮古島でも施行初年の1917年(大正6年)には194頭の去勢が行われたが、去勢により持久力が落ちる、価格が下がる、種牡馬が不足するといった反対の声が上がり、陳情が繰り返された結果、1922年(大正11年)に適用区域から除外された。この結果、同法が適用されていた5年間に宮古島で去勢された馬は263頭にとどまり、1933年(昭和8年)の陸軍第六師団獣医部の調査によれば、沖縄本島では飼育頭数2万7,253頭のうち55%が改良雑種化され、残った大半の牡馬も去勢されたのに対して、宮古では8,597頭のうち99%が在来馬であった。

1935年(昭和10年)、その性質の穏やかさから、まだ幼少だった明仁親王の将来の乗馬訓練用として、右流間(うるま)、球盛(珠盛[9]、たまもり)、漲水(はりみず)の3頭が選定された。後に宮内庁より、17歳となった皇太子の右流間との乗馬写真が育成農家へ贈られた。本土復帰後の海洋博で沖縄訪問した皇太子は、育成農家を招いて愛馬の思い出を語ったという。

宮古馬の数は、1950年代に至っても1万頭を超えていたが、その後、サトウキビ栽培への耕運機の普及とともに頭数が激減[2]し、一時は絶滅の危機に瀕した。

宮古畜産技術員会が1976年(昭和51年)に行った調査では、確認された純度の高い宮古馬は14頭のみであり[8]、1978年(昭和53年)には7頭にまで減少した。

保存活動と増頭運動

(この項、Wikipediaより転載、一部編集)

1977年(昭和52年)に平良市役所内に宮古馬保存対策会が設置され、1978年(昭和53年)には農家で飼養されていた牝馬3頭を平良市が買い上げて、具志川市(現うるま市)の陶芸家名護宏明から寄贈された牡馬の「太平号」[注 1]とともに、平良市熱帯植物園(現宮古島市熱帯植物園)で集団飼育を開始。1979年(昭和54年)7月に「太平号」と「ゆかりゃ号」の交配が行われ、1980年(昭和55年)6月に牡の仔馬が誕生。公募で「平太」と名づけられた[8]。

同年4月1日には宮古馬保存会[注 2]が結成され、同保存会などによる保存活動の結果、徐々に数が増えつつある。

増頭運動は1985年(昭和60年)に具体化され、粟国島から宮古馬を買い取って飼育を始めた。

宮古馬の飼育放棄虐待問題

かねてより一般の人のSNSへの投稿などで、一部の宮古馬の劣悪な環境での飼育、飼育放棄による虐待が報告されていた。

2018年12月12日に日刊SPA!により報道されると一気に拡散。

宮古馬の死亡が2軒の飼育者に偏っていることが問題となり、19日には保存会は委託に関する方針を費用を含めて見直すことを検討すると発表。

宮古馬は市の所有で、組織や個人に飼養を委託。委託先には月5,000円が支給されている。馬事協会からも8,000円ほどが給付されているが、資料代にもみたないため、ボランティア状態となっている。

沖縄放送RBC NEWS「深掘り!まちの疑問「宮古馬」」2018/12/19

宮古島宮古馬宮古馬の不適切な飼育による虐待問題・報道まとめ

 

宮古馬観光

荷川取牧場

乗馬体験・ビーチ乗馬体験あり(要予約)
駐車場あり
見学は無料

宮古馬と触れ合えることで有名なな荷川取牧場(にかどりぼくじょう)。2006年に宮古馬の保存とアピールをするためにオープン。

通常の体験乗馬のほか、宮古馬で海辺を散策するビーチでの乗馬もある。

 

宮古島体験工芸村

宮古島体験工芸村では、宮古島馬の体験乗馬が行われている(要予約)。

園内引き馬だけでなく、経験者はトレッキングもできる。

与那国馬日本在来馬、馬種別飼養頭数の推移【馬統計】宮古島宮古馬宮古馬の不適切な飼育による虐待問題・報道まとめ

特徴・歴史についてはWikipedia「宮古馬」の記述

美ら競馬 – 美ら島物語

県指定天然記念物「宮古馬」– 宮古島市

宮古島保存協会の紹介(PDF) – 馬事協会

宮古島市体験工芸村

家畜改良センタ十勝牧場

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